ちいさな心とおおきな世界

悩める若者の雑記と旅行記。チェコ共和国プラハに留学中。

村上春樹『雨天炎天』を読んだ。生々しい旅を愛せるようになりたい

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村上春樹のエッセイを初めて読んだ。というか村上春樹自体めったに読まないのだ。ハッキリと読んだ記憶があるのは『海辺のカフカ』と『ねじまき鳥クロニクル』の2作だけ。中学だか高校だかのときに初めてカフカを読み、衝撃を受けた。兎に角すべてが新しかった。想像したこともない新しい世界を見せつけられたような気分だった。読み終わったときに、ふぅと溜め息と共に感じたのは「これ以上この世界に入っていってはいけない」という謎の啓示的な感覚だった。面白くて止められなくなって読み続けたのにも関わらず、これ以上この人の小説を読まないほうがいいと思ったのだ。まぁだいぶ経ってから、少なくともねじまき鳥クロニクルは読んでるんだけどね。(一部の描写は覚えてるけど内容はほとんど覚えてない)
 
 
そんな訳で村上春樹は割と好きだけど、ファンでもなければ、実際のところほとんど読んでいない。そんな折に村上春樹のエッセイが良いという記事を見かけたのだ。小説とは全然ちがうと。普段エッセイそのものも好んで読もうとはしないけれど、何故か心惹かれた。あの世界を作り上げる人の現実世界の見え方はどんなものなんだろう、と。
 
 
『雨天炎天』は2部に別れていて、ギリシアのアトス半島巡礼とトルコ周遊のふたつだ。
 
 

感想

まずなにより思ったのが、読みやすい。村上春樹風の気取った、難しく、婉曲な表現が僕の読んできた小説に比べてかなり少ない印象。(多少は皮肉めいて、近しい表現はあるけどね。それでも全然雰囲気が違う)
 
そして、かなり僻地へと好奇心の向くままに旅する人なんだなぁ、と印象が変わった。ワイルドで、危険で、ありのままを剥き出しな、そんな旅。取材というよりももっとパーソナルで生々しい感じがした。そういう現実世界のあらゆる経験の蓄積がかの世界観の基盤になっているのか。
 

ギリシア・アトス半島

個人的にはアトス半島巡礼が好きだった。
アトス半島というのは、ギリシアの東の方にあるギリシア正教会の総本山であり、アトス山を中心とした半島に多くの修道院が建っていてそれを回るための巡礼地として有名、らしい。聖地なので女性は立入禁止で家畜まですべて雄。全く知らなかったし聞いたこともなかった。
外国人がここへ巡礼へ行くときは特別の滞在証明書が必要だそうで、基本的には3泊4日までみたい。山の不安定な天候の中で、悪路を延々と歩き続けるのだ。腹が減れば不満も言うし、親切にされたら喜ぶ、そんなひとりの人間としてあの村上春樹が描写されているのが、なんとなく面白かった。知的な経験豊富な普通のおじさんだった。
 
かくのごとく、旅においては物事は予定どおりに順調には運ばない。何故なら我々は異郷にいるからである。我々のためではない場所それが異郷である。だからそこにあっては、物事は我々の思惑どおりには展開しない。逆に言えば、物事がとんとんとんと上手く運ばないのが旅である。上手く運ばないからこそ、我々はいろんな面白いもの、不思議なもの。啞然とするようなものに巡りあえるのである。そして、だからこそ我々は旅をするのである
『雨天炎天』村上春樹
 
この人は本当に異郷にいるのが好きなんだなぁと感じさせられた。果たして僕はこうなるだろうか。つまり、今は異国へ旅すれば何もかも新しく新鮮で刺激的で、それは楽しいだろう。クセにもなる。ムカつくことや、本当に困ることもたくさんあるが、日本にいるときのように上手く行かない感じが堪らなく面白いのもわかる。しかしその魅力にいつまでも取り憑かれたままで居られるのか。一時的な旅好きと、永続的な旅好きは本質的に違うものだと最近よく思う
 
 

トルコ周遊

こちらは後半に行けばいくだけ恐ろしい旅である。本当に危険じゃないか、なにを冷静に振り返っているんだ。この事件をこんなイチページで済ませてしまうのか!!と言いたくなるような展開がたくさんある。
トルコには、イスタンブールだけ数日間行ったことがある。魅了されてた。東洋と西洋の中間点であり、混ざり合い、混ざり合わない部分も見える。混沌としたあの都市に強く惹かれたのをよく覚えている。しかし本書では全くと言っていいほどイスタンブールにスポットは当たらない。通過した程度の扱いだ。感じ方はやっぱり異なるものなんだなぁ。おそらく僕よりずっと多くのものを見て感じてきた村上春樹の深い部分を見ているというのもあるのだろうけど、「違い」があるのは何故か少し嬉しい。人の旅行記を見て「おー、すごい、たしかに、そうだなぁ」だけで終わるほどつまらないものもないだろう。(それはそれで面白くいものなのかもしれないし、否定する気はない。)
 
 
旅行というのは本質的には、空気を吸い込むことなんだと僕はそのとき思った。おそらく記憶は消えるだろう。絵はがきは色褪せるだろう。でも空気は残る。少なくとも、ある種の空気は残る。
『雨天炎天』村上春樹
 
素直にいいこと言うなぁと。これを読んだとき、初めてインドに行ったときのことを思い出した。2回のトランジットを経て、空港から出た瞬間の、夜の中のむわっとした暑い空気、スパイスと臭いものの混じったような独特なにおい、車のエンジン音や犬の鳴き声、すべてを含めて降り立った瞬間の空気を忘れられない。あれが僕にとっての『異国』の原体験かもしれない。記憶力は非常に乏しいが、あの空気感だけは未だに鮮明だ。
 
 
「でも」や「しかし」のない、そこにあるものそのまま全部という目だった。そこにおいてはたいていの物事は予測できず、条理は多くの場合虚無の中に吸い込まれていた。早く言えば出鱈目だった。でもそこ旅行の醍醐味というものがあった。
『雨天炎天』村上春樹
 
自分の常識では図り得ない、自分という尺度を超えたそんな場所へ放り込まれることにこそ魅力があるんだろうなぁ。
 
 
そうそう、中東との国境付近の町の話での政治的な経緯のざっくりとした説明がとてもわかりやすくて頭にストンと入ってきた。「五分でわかる超わかりやすいクルド人問題入門」とかやればいいと思う。
そして実際にクルド人の居住区の描写や車を停められた際の話などが鮮烈で、ひとことで言えば恐ろしかった。こんなところを旅したらひとたまりもないだろうなぁ。ジズレの町の様子が印象的だった。町中の道に数多くの人が腰掛けているが、何をしているわけでもなく身体はピクリとも動かないが目だけがこちらを追ってくる。これは本当に怖い。どこだか、そういう経験をしたが、あれはまた経験したいとは思わない。
 
なんにせよ、無事に帰ってきて小説が無事に世に出て、良かった。
 
 

まとめ

村上春樹のエッセイ、読みやすくて思ったよりもずっと面白いので、おすすめです。もうちょい他にも読んでみようかなと思う。何かおすすめある人いたら教えてください。