ちいさな心とおおきな世界

悩める若者の雑記と旅行記。チェコ共和国プラハに留学中。

話題作『夫のちんぽが入らない』を読んで

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JSTって言葉をわかっていなくて、時差の関係で就活のskype面接をブッチしました。凹んでます。

どうも、ぽんでです。

 

 やっぱり社会人になんてなれる気がしません。大人にも。でも学生を続けるのもしんどいので行き場がありません。そんな感じで今日は大人しく窓越しに雨を眺めながら1日中引きこもって本読んだりしてました。その感想兼備忘録です。

 

この衝撃的なタイトルの作品をご存知ですか?

『夫のちんぽが入らない』

実は少し前にネットで結構話題になってた本で、そのレビューなんかを見かけてちょっと興味を持ってまして、やっと読めたって感じです。

 

 

 

このタイトルからどんな内容を想像しますか?

まあ多くの人はちょっと、「なんだそれ…」と反射的に拒絶反応をするかもしれません。もしくはふざけた本だと笑うかもしれませんね。でも、そんなことないんですよ。全くふざけた本ではなくて最初から最後までいたって真面目ですからね。僕も最初は目を引いたとは言え「タイトルで目立って売れようとしているタイプの本かなぁ」というのが第一印象でした。でも全然そんなことなくて、これは筆者の悲痛の叫びであり、僕ら読者にとっては一つの比喩でしかありません。「当たり前」が「当たり前ではない」人がこの世の中にはごまんといるし、彼ら・彼女らは声を大にすることなくひとりで苦しんでいるということを切に感じさせられました。

 

 

あらすじ

 

※ネタバレ注意です

 

まず、これは筆者の実話を元にした私小説です。

最果ての田舎から地方都市の大学へときた無知で世間知らずな私(筆者)はとある男性と出会い、彼と付き合うことになります。しかし幸せかと思えた彼との関係で大きな問題が発覚しました。タイトルにある通り、彼のちんぽが入らないのです。お互い、他の人となら入るのにパートナーとだけは性行為ができない。それ以外の全てが順風満帆に進むのですが、その一つの問題が筆者をずっと苦しめ続けます。やがて2人は卒業し、教師として働きはじめ、結婚します。1点を除いては全てがうまくいっているようでした。

しかしその後、私は学級崩壊のクラスを持つようになり、自分の存在意義を認められず、精神を病んでいきます。そして病気を患い、やがて退職し、自分の生活もままらない状況になっていきます。誰にも打ち明けられない悩みを抱え込みながら、自分の過去を見つめ続ける生活を送っていました。その後落ち着いてきた時に、夫のためと妊活を試みますが、やはり上手くいかずに断念。やがて夫も仕事のストレスからか精神疾患を患っていきます。最終的には普通の夫婦が当たり前のように行なっている活動をできないことを、ずっと筆者を苦しめ続けてきた悩みを受け入れて行こうという姿勢を少しずつ持つようになっていき物語は終わります。

 

 

日常の中に溢れた悲劇

 

最初に言ったようにこの本で一番感じたのは

『当たり前』であることが出来ないことへの苦悩

でした。

 

ここでは夫婦間の性行為ですが、誰にとっても当たり前だと思われていることを出来ない時、人はどうすればいいのでしょうか。誰にも打ち明けられないだろうし、原因も解決策もわからない。ひたすらその苦悩を抱えながら生きつづけてきた筆者から何を学べるのだろうか。

きっとこのような『当たり前』が出来ない苦悩は僕らの周りの日常にもたくさん転がっているんじゃないだろうか、誰しもが人に言えずに隠れて孤独に戦っているのではないだろうか。それはきっと人に言えることじゃないだろうし、周りがどうこういうことでもないんだろうな。

 

筆者は紆余曲折あった終盤にこういう言葉を残している。

 

ちんぽが入らない人と交際して二十年が経つ。もうセックスをしなくていい。ちんぽが入るか入らないか、こだわらなくていい。子供を産もうとしなくていい。誰とも比べなくていい。張り合わなくていい。自分の好きなように生きていい。私たちには私たちなりの夫婦のかたちがある。少しずつだけれど、まだ迷うこともあるけれど、長い間囚われてきた考えから解放されるようになった。

『夫のちんぽが入らない』

 

これは長いことこの事実を悩みつづけてきた筆者がたどり着いた一つの結論のようなものだろう。 ここに至るにはたくさん苦しんで悩んでいく過程があったからこそなのだろう。そう言った意味では時間のみが解決できるとも言えるかもしれない。

 

 

『当たり前』ってなんだろう

 

また、この本を読み進めていくうちで芥川賞受賞作である村田沙耶香さんの『コンビニ人間』を思い出した。こちらは婚活もせず、定職にもつかず、大学卒業後ずっとコンビニでのアルバイトをしつづけていく36歳未婚女性である主人公とその生き方に疑問を突きつける周囲の人間との話。主題は違うが『当たり前』をテーマにしている点で通ずる点があるように感じた。

 

社会一般の『当たり前』では36歳の独り身の女性がコンビニでのアルバイトをしつづけているのは「おかしい」のだ。定職につくための就職活動をするなり、家庭を持つために婚活をするなりすることが『普通』になる。でも主人公の女性はそれが理解できない。一般的な感覚がわからない主人公にとってコンビニでマニュアルをこなし続けるコンビニ店員として生きることこそが『普通』を全うし、世の中に溶け込む術なのだ。

 こちらもめちゃくちゃ面白いので未読の方は是非

 

 

『当たり前』ってどこで生まれるんでしょうね。その時の社会的合意とか、道徳的な正しさとか、生きていくために有利になるための選択だったり、いろんな要素が混ざり合って結構曖昧な枠組みな気がします。言葉自体もふわっとしてるしね。それでも『当たり前』が与える影響力は絶大だと思います。そんなものがなければ、本作の筆者ももう少し楽に生きれただろうに、今苦しんでて救われる人もたくさんいるだろうに…。要するに多数決だと思うんですよね、僕は。多数派の人間のいる方が『当たり前』。反対はマイノリティにならざるを得なくなってしまう。理由はなんにせよ、多数派に入れない人は何かしら大変な思いをすることが多いのでしょう。あと別にそれに対して答えが明示されているような本ではないので、答えを期待して読まないように。

 

 

存在意義って本当厄介だよね

 

もう一つ、本題とは逸れるのだけれど本作の中で筆者はしきりに

「私が駄目だった」

「私のせいで」

という表現を使います。子供が作れない、教師として子供たちをちゃんと指導できないなど、自分の存在意義が見つけられなくて苦しんでいる際です。人は誰かに認められて、自分自身にも認めてもらえないと辛いもののようです。ここがきっと多くの人の共感を呼ぶポイントじゃないかなぁと勝手に思っていたり。多かれ少なかれ、自分の存在意義に悩み苦しむことがあると思います。厄介なのは、いくら他人が認めてあげても自分自身が認めてあげないと、結局苦しみは続くという点です。特に筆者は自己主張をほとんどしないタイプの人のようで(幼少期のトラウマが原因)本書の中でも綴っている感情の殆どを口に出していません。自分の中の負の感情を自身の中で処理しようとして、溜め込んで、病気などという形で決壊を迎えています。きっと全てを話せる相手がいたらもう少し楽だったのではないかとも思うけれど、そんな人間がいることが必ずしも幸福であるとは限らないのではないかとも思うわけなのです。自分の本性を人に言えないコンプレックスの塊であるかのような筆者の姿に自分を重ねてしまいました。

いやぁ、本当に生きてくのは大変だなあって。

 

 

まとめ

 

そんなわけで、まとめると『夫のちんぽが入らない』はタイトル負けなんかしないかなり面白い本でした。自分の内側の葛藤を描く描写力がすごくて、筆者の感情の世界につい引き込まれてしまいます。気になった方は是非読んでみてください。